2014/09/07

1週間

この1週間、いろんなコトがありずぎて、逆に時間の流れがゆっくりと感じられました。

先週のいまごろは、しんちゃんと沼津港に行ったり、沼津をぶらぶらしながら楽しんでいました。

これから、ご報告することがたくさんありますので、承知しててください。笑
(誰が見てるのか知らないけど)

2014/08/15

チゼックスクール

お久しぶりの日記です。

8月前半の台風前にスクーリングに行ってました。
毎回とても勉強になって、そして同じクラスの人たちが大好きになって帰ってきます。
必修のスクーリングはこれで最後でした。あとは卒業制作のみ。

来週は美術教育法と教育方法っていう教職のスクーリングがあります。

美術教育法は、事前課題で論文を持参しなければならず、今それに取り組んでいます。
「チゼックスクール」と現在の日本の美術教育を比較するという課題です。

「チゼックスクール」とは、この教科書を開くまで聞いたこともなかったのですが、日本で言うと明治時代にフランツチゼックという美術家が始めた児童造形教室のことです。
そこでの理念が、私が今働いている造形教室と同じだったり、違ったりしてとても面白いです。

いつかは自分で造形教室を開いてみたいと思っているので、チゼックの友人ヴィオラによる『子どもの美術』のなかの305項に及ぶ美術教育問答はとても参考になりました。
私は2つの造形教室で働いていて、同じ地域で同じ時期に始まった教室にも関わらず、特徴が全然違います。
基本的に子どもの質というか、性質?はあまり変わらない気もします。
でも、たまにこの子は本当はこっちの教室のが合っているんじゃないかな〜なんてのも思います。
私の心の中で思っているだけなので、他の先生たちにはあまり言っていないのですが。
どちらの教室も大好きだし、先生たちも面白くて良い人だし、通っている子どもたちはもれなく全員可愛いから、どちらの教室が良いとか悪いとかは決して言えません。

でも、少子化に伴い教室に通う子どもは必然的に減ります。こちらは仕事としてやっているのでどうしても生徒は確保しておきたいものですが、ある先生は「若い人がどんどん教室を増やしていっても良いと思う」と言います。
子どもたちが教室を選べるくらいあれば、その子にとって確実にプラスになる教室を自分でさがすことが出来るからです。

私がやりたいのは、わりとチゼックスクールに近くて、今働いている2つの教室の良いとこ取りをしたような教室です。
2つの教室が30年以上続いているのはそのスタイルをずっと貫き通してきたからであって、私が良いとこ取りしたところで矛盾がおこってくるとは思うのですが、そこは臨機応変に対応するしかないんだろうな〜と思います。
こんな妄想をどんどん膨らましているだけで、独立にはまだまだ修行が足りないと思い、勉強中です。

この歳になって教員免許を取ろうと通信大学に編入したことに、最初はお金の無駄遣いになったらどうしようなんて心配していたけど、それに見合う知識を得ているような気がします。
でも毎日暑くて勉強する気力がなかなか出ないのですが、なんとか頑張らなきゃいけないと思いつつ、夜中に2ちゃんとか見て夜更かししてしまうお盆休みです。

2014/07/28

ごちゃごちゃ!

え!もう7月も今週で終わりではないか!

毎日忙しいのですが…
仕事ばかりではなく、なんというか、用事がぎゅうぎゅうで、誘いを断ったりもしてるという過酷な状況。
週末はだいたい家にいない。もう静岡にいないという。

友だちのおうちに遊びに行ったり、キャンプに行ったり、結婚式に行ったり、スクーリングにいったりしてました。







そして家には大好きな姪のサワちゃんが来ているのです。


もう毎日フル回転なんだけど。
もれなく全部楽しいし、嫌なことは一つもないので文句の言いようが無いんだけど強いて言うならお金かかってるよね。
もうね、移動するのってお金かかるよね。

そして毎日暑くて暑くて。
ジムかよって代謝が良くなったからすごい汗がダラダラ出てきて1日に3回シャワーあびるときもあるよ。

たまちゃんも相変わらず可愛いです。


髪の毛をショートからかりあげて少年のようになってますが、これは理想の髪型に地下ずくタメの布石…知的な女に見えるようになりたい願望があるもんで。
あと3ヶ月後くらいがたのしみでやんな。

2014/06/24

北欧

なんか書きたくなったので2連発。

ここ数ヶ月ちゃんと毎週観てる番組は「Youは何しに日本へ?」だけなんだけど、昨日は特に面白くて良かった。
前から密着していたデンマーク人の青年2人組の指差し旅ファイナル。
この2人がいかにもデンマークの若者って感じで適当で、かわいくて、いい人だった。
彼らの最後の言葉に少し涙が出たよ。

なぜなら私がデンマークで過ごした半年と同じ感想だったから。
彼らは「日本人はとても親切だった。文化は全く違うけど、同じ人間なんだと感じた」みたいなことを言っていて、それはまさしく私がデンマークで感じたことだったのだ。

デンマークは高校を卒業してからすぐに大学にいきません。
私が留学したフォルケホイスコーレという国民学校に行ったり、自分が何をしたいか自由に考える旅に出ます。
ホイスコーレは全寮制で学費無料(生活費は実費)で、半年行く人もいれば、3年行く人もいます。

北欧の教育に関しては見習うべき部分がたくさんあります。
でもまるっきり真似はできません。
日本は人口が多いし、税金も少ない。

まあ、そんな感じにたまに北欧賛美してしまう私ですが、北欧が全て良いとはもちろん思ってないし、悪いデンマーク人だっていると思います。
警察もあるし。実際にはそんなパラダイスじゃないですよ。寒いし。
大好きな国ということには変わりないけど。

今別に進めてる課題があるのですが、そちらではミシェル・ゴンドリーに再注目して考察してます。
改めて、ミシェル・ゴンドリーは天才だなぁと感じてます。
(なんてバカっぽい発言w)

一番好きな映像は『Around The World』

ご存知のとおり、私は音楽に詳しくないし、絶対音感もないし、太鼓の達人も死ぬ程下手なので、映像は作れても、ミシェル・ゴンドリーのような発想はできません。
でもせめてあの世界観だけでも近づきたい!と今改めて思っています。

すごい漠然とだけどこれからの夢は、ミシェル・ゴンドリーのようなワークショップをしたい、です。
なんじゃそりゃー
って感じだけど、なんというか私のセンスでかわいい世界観を子どもたちと作りたいなーと思っています。
いつか北欧で学んだことと今の自分のセンスをミックスした教室を作りたいです。

平和主義

久々に論文(?)
レポートです。

その前に、28歳になりました!
今年もたくさんの人がお祝いメッセージをくれて、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。

今回は「憲法」です。
政治はよくわからないし、どうせ何も変わらないから選挙に行かないって人もいると思います。
でも、それは選挙権を放棄して政治に参加しないということだから、これから日本がどんなに生きにくい政策をしても文句を言う権利はないということ。
私はそれはどうなの、と思うし、今の子どもたちに期待してるし、日本人が生き残ってほしいので選挙はこれからもちゃんと行こうと思ってます。
できるだけ、自分の意見を持って。

とは言ってもやっぱり政治のことも憲法のこともよくわかりません。
一応レポートを書くにあたって調べたり、教科書を読んだりもしたけど、まだまだ不足してます。

最初は「プライバシーの侵害」について書こうと思っていたのですが、全然やる気でなくて、テーマをがらりとかえて「平和主義」について書きました。
歴史はまあまあ好きだし、得意だったので勉強してて楽しかったです。
でもいざ判例とか調べ出すとやはり辛かったです…

憲法第9条について 平和主義と自衛隊のあり方

 憲法第9条はどのような時代背景から生まれ、どのような意図で制定されたのか。そして自衛隊がどのような位置づけにあるかを考察していく。
 日本国憲法第9条(条文)
1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 まずは、第9条が制定された時代背景を探る。1900年前後世界中に帝国主義思想が広まった。日本は東アジア諸国に領土を広げるため、1894年日清戦争、1904年日露戦争に勝利した。1905年日朝協定を結び、1910年朝鮮は併合された。1914年第一次世界大戦が勃発し、日本は連合国の一員として参戦、勝利した。その際敗戦国ドイツから満州の利権を求めた。1931年日本は満州の線路爆破を口実に日中戦争を開始し、1932年満州国を建国。清国最後の皇帝溥儀を皇帝とし、実質的支配権を掌握した。1937年盧溝橋事件により、全面的な日中戦争へ突入した。同年12月、日本軍は南京大虐殺を行ったとされる。1939年9月枢軸国(日本、ドイツ、イタリア)と連合国軍による第二次世界大戦が始まった。1941年12月日本は連合国軍のアメリカに対し、宣戦布告した。大戦初期、ドイツ軍はヨーロッパ侵略、日本軍は東南アジア、西太平洋諸国への侵略を進めていた。しかし日本軍の真珠湾奇襲以降、アメリカ軍が日本の占領国を次々と奪還していった。1945年5月沖縄が占領され、日本の主要都市は次々に空爆されていった。ドイツは連合国に降伏した。同年8月6日アメリカ軍は原爆を広島に、9日長崎に投下した。8月14日、日本はポツダム宣言を受諾、連合国軍に無条件降伏し、8月15日天皇による玉音放送がされ、第二次世界大戦は終結した。この大戦による日本の兵士、民間人の犠牲者は約25万人にものぼった(台湾、沖縄、朝鮮を除く)。沖縄戦では上陸してきたアメリカ軍に対し、女子供までが戦地で戦うこととなった。日本の平和主義は、この大戦による多くの犠牲者と、帝国主義時代に日本によって侵略された国々の犠牲の上に築かれている。条文から、国民は戦争を起こすような政府を作らないことを強く誓い、武力に頼ること無い安全と、国民の公正と信義に信頼し、平和を維持する、ということが日本国憲法における日本の平和主義への誓いと理念として考えられる。また、平和主義は日本だけでなく、世界の人々が武力による脅威にさらされることのない平和な世界で生存していく権利があると示している。

 条文の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるが、この場合の「戦力」に自衛隊は含まれているのだろうか。まず、自衛隊の成立から述べる。敗戦後の日本は、GHQによって憲法改正が押し進められた。平和主義もその中の一つである。個人的な見解としては、この平和主義、戦争放棄はどの先進国の憲法のなかでも最も良い法律だと思う。世界唯一の被爆国である日本が戦争を放棄するということは、当然のことのようで、しかし他の先進国の情勢を見ている限りでは難しいことのようにも思えるからだ。戦後の憲法改正によって国民は、それまで妄信していた大日本帝国軍が消え、軍備を持たない国になったことにさぞかし不安だっただろう。そこで1950年警察予備隊が発足した。1954年警察予備隊は名前を変え自衛隊となった。自衛隊に関する訴訟事件として立川市の「砂川事件」がある。1957年7月8日早朝、東京調達局がアメリカ軍の使用する立川飛行場内民有地の測量を開始した際、千余名のデモ隊の集団が気勢をあげ、滑走路北端付近の境界柵を数10メートルにわたって破壊した。被告人等はこの集団に参加していたが、正当な理由がないのに境界柵の破壊された箇所から飛行場内に立ち入ったとして日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(改定前)第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反として起訴された。当時は今より左翼の力が強く、日米安保条約に反対するデモがあちこちで行われていた。この事件の争点は、器物損害だが、第一審の東京地裁が安保条約を「違憲」と判断した判決を下したことに大きな話題を呼んだ。その後、最高裁でこの判決は否定されている。安保体制と憲法体制が矛盾したことにより、政治的に重要な裁判となった。米軍は立川基地から横田基地(東京都福生市)に移転することが決まり、1977年11月30日、立川基地は日本に全面返還された。徹底した平和主義にある日本では条文にもあるように軍備を持たない。自衛隊は外的からの攻撃を受けた場合に専守防衛をする組織であり、国内の大規模災害に対する組織的援助組織である。2011年3月11日の東日本大震災以降連日ニュースで自衛隊の活動が報道されていた。テレビで見ることしか出来ない私は、自衛隊の存在は改めて必要だと感じていた。集団的自衛権の行使を認めた場合、他国の紛争に日本の自衛隊を派遣するということは自国の安全が絶対的に保たれていなければならない。戦争だけでなく大震災のように突然前触れもなく起こる災害に素早く対応するためにも、自衛隊の存在は必要であると考える。

参考URL wikipedia/日本国憲法第九条
    wikipedia/砂川事件


2014/06/06

おばかさん

1ヶ月放置するところだった!

やばい。

別に超忙しい、とかいうわけではなかったんだけど。
地味にやることが多くて放置してしました。

最近は現実逃避に工作ばっかりしてます。
Pintarestで造形教室に使えそうなネタを探して作ってます。

小学生のころは工作より絵が得意だったけど、工作も楽しい!

私は昔から目玉のあるキャラが好きで、工作でも100円均一に売ってる動く目玉をつけたとたんものすごくかわいく見えてしまいます。
だから私の工作にはだいたい目玉がついてます。笑

近頃は仕事なのに癒されに行ってる感じです。
子どもたちがかわいい。
あ〜明日またあの子たちに会える、と思うとわくわくします。
そして運動会とか、風邪とかでお休みする子がいると、「会いたかったのに!」って本当に残念に思います。

大学卒業して、造形教室でバイト初めてもう5年経ちます。
途中、留学したから抜けてたけど、最初に見てた当時の幼稚園生は今小学5年生になりました。
辞めた行った子がほとんどですが、まだ通ってくれている子もいます。

成長したな〜って思うのは背が高くなったこと、その子たちの弟妹が入ってきたことくらいで、根本的には変わっていない感じがして、そこがまた可愛らしいです。

でもきっと中学生になって教室を卒業して、高校生くらいになって街であったりしても素っ気なくされそう。笑
特に男の子は。

まぁなんというか、それもすごく良いよね。

私は良い意味でバカな子が大好きで、好きになる男もバカが多くて、まわりに心配される系なのですが、どうしてもバカが好きです。
自分がバカだからかな…

このままじゃいけないと思いつつ、ずっと今の状態が続くように願っている気がします。

2014/05/07

生きるパワー

GWに、新潟に行ってきました。

新潟に行くのは10年以上ぶり。前回の新潟の記憶はほとんどありません。

目的は、梅佳代展と未来ちゃん展を観ること。
未来ちゃんは佐渡島の子なので、新潟に帰ってきたってことです。
梅佳代は能登出身なので、ちょっと近くにいるってことです。

展示のアートディレクションが、祖父江慎だったので、これはやっぱ見に行くしか無い!と思い、遠い道のりを頑張って交代しながら運転しました。


1日目は新潟県立万代島美術館の梅佳代展に行きました。
私は『じいちゃんさま』というシリーズが大好きで、観るとなぜか涙がじーんと溜まってきます。
うちのおじいちゃんと重なるんだと思う。
このじいちゃんさまも2012年におばあちゃんとお別れして、そのお葬式の様子とか、梅佳代の妹が結婚して子どもを産んで、ひ孫を可愛がる様子とか、すごく重なる。
おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでる家庭って今では少ないけど、私が小学生のときはクラスの半分くらいはおじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでいる子が多かった。田舎だから家が大きいからだと思うけど。

当時はお母さんが仕事に行ってて、平日おばあちゃんしかいない家に帰るのが嫌だったけど、この歳になって思うのは、一緒に住んでて良かったな、ということ。
老人に対する接し方が上手いと良く言われる。
お年寄りにやたら優しい人とか、逆に見下してる人をよく見るけど、同じ人として接することが出来ているというか、自然に。
私の家族はおじいちゃんのおかげで怒りの沸点が高いと思う。
毎日わけのわからないことを言ってるけど、ちゃんと話を聞いてるから。
(半分聞き流すのもコツ)

梅佳代の写真を観てると、そんな様子もよくわかる。

そして天才的なシャッターチャンスの捉え方。
これは本当にすごい。会場で思わず声を出して笑ってしまうような。

図録のデザインも祖父江慎ですごいかっこいいです。



2日目は新潟市新津美術館の未来ちゃん展へ。
こどもの日とうことで親子もたくさんいました。
子どもが観ても楽しい写真だと思う。

こどもの日で植物園が入場無料だったのでそちらも観ました。
やはり食虫植物にはそそられます…

未来ちゃんはひたすらかわいい。
そして佐渡島の自然とともに成長する未来ちゃんのまっすぐな姿は、本当に感動してしまう。
こちらも目に涙を浮かべながら観ていました。笑

田舎の良さをすごく伝えてくれる。
未来ちゃんもおじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでいて(多分)、その生活の様子がどこかすごく懐かしい。

2つとも生きるパワーを感じる大好きな写真。
新潟で観れて良かったです。

美術館に他にも、市街地にも行って、港で海鮮を食べたり、日本海沿岸をず〜っと走って長野経由で帰りました。


今回も道のりは長かったけど、またひとつ、好きな町が増えました。