2014/02/14

メディアの発達による五輪商業化について

急にまじめにオリンピックの話。
授業で提出したレポートです。

ソチオリンピック開催中ですね!
マスメディアは、若い選手に過度のプレッシャーを与えないでほしいです。

ちなみに私が一番好きだったオリンピックは夏は北京(2008)、冬は長野(1998)です!
北京では北島康介のギラギラした感じが超かっこよかったのと、なんといっても日本初の男子400mリレーでの銅メダルです。リレーっていうのは本当に最後の最後の大目玉種目。世界最速の戦いにチームワーク、バトン技術も必要だからです。
ボルトの世界記録と、ジャマイカのぶっちぎり1位もすごく良かった。
ああいう、化け物級の選手がいないと盛り上がらないよね。
私も昔リレー選手だったのでよくわかる。比べ物にならないくらい小さな戦いでしたが。
長野のときは小学生だったけど、やっぱ日本でやってたっていうのと、ジャンプ団体の金メダルが印象的でした。感動。

スポーツは良いです。

「メディアの発達による五輪商業化について」 

 201398日、世界的一大イベントである夏季オリンピック(以下、五輪)が、54年ぶりに東京で開催されることが決まった。その後決定の瞬間の映像が繰り返し報道されている。東京で五輪が開催されるということがなぜそんなにも注目されるのだろうか。そこにはたくさんの意味があるだろうが、ここでは「メディア」との大きな関わりがあることを取り上げたい。五輪はメディアの発達とともに変わっていった。では、どのように変わったのか、メディアの歴史とともに考察していく。

 まず日本国内においてメディアとスポーツはどのように関わり、発達してきたのだろうか。1915年から大阪朝日新聞社が主催する甲子園野球が始まり、その様子はもちろん新聞によって民衆に伝えられた。その成功を機に、1924年からライバル社である大阪毎日新聞社が春の選抜高校野球大会を開催した。これらはマスメディアが作り出したメディア・イベントの成功例である。その後新しいメディアが登場するたびに普及のためのイベントとしてスポーツ大会が開催された。1925年から開始されたラジオ放送は1928年の昭和天皇即位を機に、全国中継システムを確立し、ラジオ体操の放送を開始した。これは今日まで続く日本人にとってなじみ深いスポーツイベントの一つである。新聞に引き続き甲子園、大相撲の中継も開始し、ラジオ放送は大人気となった。1953年からテレビの本放送が開始する。まだテレビが高価で手に入りにくい時代は「街頭テレビ」のプロレス中継が大流行した。1959年の皇太子ご成婚ブーム、そして1964年の東京オリンピックによってテレビの国内普及率は90%を越えた。そしてこの頃カラーテレビの普及も広まった。1980年代からは衛星放送が始まり、日本のテレビは多チャンネル化し、2011年にアナログ放送からデジタル放送へ移行した。NHK,BSの契約者数は五輪開催ごとに飛躍的に伸びるという結果が出ている。このように、スポーツはメディアの発達、普及には欠かせない存在になっている。なぜここまでスポーツが関係するかといえば、テレビ放送開始時は当然のことながら番組の制作能力は不十分であり、ソフトが足りない状態であった。その中でスポーツはニュース性、ドラマ性、オリジナリティーといったテレビソフトに必要な条件がそろっているからだ。さらに年齢や性別を問わず楽しめるのも利点である。1964年の東京五輪では大会史上初めてスローモーション映像が取り入れられ、競技場でも目撃できない感動的なシーンをテレビで見ることができるようになったのである。
 東京五輪以降の70年代、スポーツをめぐる商業化によって、五輪もまた大きな転換期を迎えた。東京五輪は大成功をおさめ、その後の五輪は大型化した。しかしそれに伴う運営費の増加は開催国にとって大きな負担となり、五輪の存続自体が危ぶまれていた。国際オリンピック委員会(IOC)は二つの選択を余儀なくさされた。大会規模の縮小か、スポンサーシップという民間資本の導入である。IOCは後者を選択した。それにより五輪の商業化が決定し、その後初の大会となったのが1984年のロサンゼルス五輪である。IOCは協賛企業を一業種一社と決め、その企業にはロゴマークの使用やオリジナルグッツの販売を許可した。五輪の価値を高めたこの作戦は、企業が各メディアによって宣伝効果を得ることができた。最終的には、合衆国、ロサンゼルス州は税金を1セントも使わずとも2億ドル以上の黒字を生み出した。この大会から五輪はさらに拡大し、国際的な行事となっていった。オリンピックは存続したが、1996年のアトランタオリンピックでは新たな問題が起きた。アメリカのゴールデンタイムに合わせてマイケル・ジョンソンを映すために陸上のプログラムが2日前に変更されたのである。これはオリンピックが商業化したことによるメディア利用で、視聴率確保のための利益だけを考えた結果起こった事態であった。オリンピック選手ともなれば、当然出場時に合わせてコンディションを整えて来たに違いないのに、運営側が直前にメディアを優先したのである。このような問題は五輪開催中だけに起こることではない。有料テレビ放送局によるスポーツの放映権の略奪戦はあまり知られていないところで常に起きているのだ。
 スポーツとメディアは切り離すことのできない関係になっているが、ただ純粋に感動の共有を与えていたメディアが、商業目的になればなるほど、根本にあったスポーツの感動をなくしてしまう可能性も出てきたのだ。さらにメディアは発達し、現在では中継放送画面に手を加えてしまうことも可能になった。これは一方では臨場性が高まり、一体感が生まれる効果を生み出す可能性もあるが、一方では商業化のためにさらに利用されかねないのである。というのも、スタジアムに設置された看板広告を中継放送中に別の看板広告に差し替えることも可能になったからだ。現実と非現実を曖昧にすることで臨場性は失われてしまうのではないだろうか。7年後の東京オリンピックでは新たなメディアが日常的に使われているかもしれない。日々進化するメディアをさらに発展させるために使われた便利なソフトであるスポーツだが、純粋に楽しむことを忘れてはならない。

参考文献 広瀬一郎著 『メディアスポーツ』

 
広瀬一郎氏は、前回の静岡県知事選に出馬していて、ぜひ県知事になってほしかったのですが、川勝知事になりました。

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