2010/03/14

Biography

ブログを読み返してたら、去年の4月?くらいのブログにこの絵があって、描き直しました。
前回より1歩進みました。
今週末はパーティーがなくて暇なので長文Biographyを書きたいと思います。
長くなりそうです。しかもこれは第1部の予定。

この絵をもとに話すと、私は大学2年まで突っ走ってた。
自分は人より絵がうまい特別な人間だと信じてた。だから美大に受かったてね。
もちろん努力もしたけど。別に天才ではないと思ってたから。
私の黒歴史は中学生じゃなく、高校生のとき。
今思うとかなり調子に乗ってたし、心の中で人をバカにしてた。
白状します、すいません。
みんなが誉めてくれるのは素直に嬉しかったです。
誉められて伸びるタイプだと思う。みんなそうだと思うけど。
でも自分は誰も誉めたくない、みたいなw
自分の中で人をランク付けしてたしね(リアルの高橋ばりに。でも自分が1位なわけじゃない)
でも、その自信のおかげで多摩美に入れたのかもしれないし、黒歴史ではあるけど、必要な時期だったなぁと思います。
大学2年でそれがちょっと狂い始める、、、
「もしかして自分はみんなよりダメなんじゃない?」
と思い時始めると止まらなくなるよね。
初の挫折的な。遅いよ。
今まで何度も負けたことあったけど、「これは負けたけど、あれは勝ってるし」とか思ってプライド維持できてたけど、もう「なんで生きてるんだろ、恥ずかしい」レベルまでいっちゃったので、あのときは抜け出すのに時間がかかった。
立ち直りのきっかけははっきりとはわからないけど、1つは「からだせんい」だと思う。
あと一生懸命作ったアニメーションが認められたこと。
挫折のきっかけが2年の必修アニメだっただけに、とても救われた。
その点で、片山先生との出会いは重要だったと思います。
美術で挫折して、美術で立ち直った。
だから2007年に作った「からだせんい」と「さいごのゆうひ」は私の代表作だと思ってます。
あと、2007年はエディトリアルやブックデザインもすごく楽しかった。
毎日夜遅くまで学校にいると、誰かと時間を共有すること(辛いことも含め)の大切さを知りました。
3年の途中でもう完全に立ち直ったと思う。
しかし更なる壁が…!それはみなさんご存知「就活」。
「どうにかなるだろう」という考えはずっとあった。でもこれだけはどうにもならないんだな。
なんとか東京にしがみついて、親を安心させたいと思ってたから、バイトから正社員になれるエディトリアルのバイトをして、そこに決めようと思った。
映像系がダメだったからね。
でもそのバイト先のエディトリアルデザイナーの現状を目の当たりにして、「これは無理だ」と思った。
毎職コンビニのご飯食べて、朝までデザインして、昼過ぎに出社。しかも給料激安。う〜ん。
「これじゃ自分の好きなアニメーションやイラスト作る時間は作れないな」と。
やめるならバイトのうちに…。
でもどうしよう?もう就活したくないし。
で、たまたまワーホリのはがきを見つけて、デンマークのワーホリが最近始まったことを知ったんです。
2年前の旅行で大好きになったデンマーク。いつか住みたいと思っていたあこがれの国。
誰にもバレないように準備を始めた。
だってもし没になったら、ただ逃げてるだけだと思われるし。(実際この時点では逃げてたんだけど)
独自に調べて、渋谷のワーホリプラザや北欧留学センターに行って情報収集。
一通り資料や下調べが終わってから親と相談(本気度を示すため)。
と同時に卒制&コンペを進める。当然卒制はちょっと手抜きになりました。
私的には卒制は全然好きじゃありません。協力してくれた人、すいません。本当に。
でも本当に手抜きだと思ってるから。
作品を気に入ってくれた人がいたことは素直に嬉しかったです。
卒制が終わってからも忙しい日々は続き、実は自分のことなんて本当にゆっくり考える時間はなかったかも(デンマークに来て、時間の使い方がわかってきた、、、)

2009年の4月は色々と転機でした。
きっと私以外のみんな社会人になった人は特にそうだと思うけど。
就活しないで留学にして、一応この先1〜2年のことは決まったけど、これ以降は全部これからにかかっているということ。
一緒にバカやってた友達はみんな社会の一員として働いているんだと思うと、すごく寂しくて情けない気持ちになった。
特に4月の初めはニートだったし。バイトならすぐ決まるだろうと思ってたら、アステールとの掛け持ちもあったから4つくらい落とされた…。
かなり落胆してた日々。とにかく何かやらなくちゃ、と思って、絵をたくさん描いてたけど、今見直すとどれもスッカラカンに見えます。
それも今、私がちょっと変わった証拠なのかなぁと最近思います。
ここで避けては通れないのがUつんとの再会です。
これは詳しく話すと非常に面白い話なのですが、恋愛のことを言いたいわけじゃないので割愛させていただきます。
でもこの2回目の挫折(みたいな落ち込み)から救ってくれたのはUです。これは確実。
4月からアステールと販売のバイトを始めて、今まで関わってこなかった(関われなかった?)新ジャンルの人々と関わり始め、自分の視野の狭さと、プライドの高さ(自分では高いとは思ってなかった)に気付きます。
これは非常に貴重な経験。
アステールでの仕事はただただ楽しかったです。(帰国後も働きます!)
子供たちはかわいいし、スタッフはみんな面白いし。
販売の方は、最初の方は店長がなかなか好きになれなかった。
なぜなら私の苦手な典型的女子だったからです。愚痴がすんごいんだもの。
お客さんの愚痴、他の店のスタッフの愚痴、本社への愚痴、、、
でもうちのお店のスタッフへの愚痴はありませんでした。なんせ少人数なので。
知ってる人も多いと思うけど、私は愚痴が一番嫌いなんです。
だから正直仕事行くの嫌な日とか(店長とずっと一緒の日とか)あったけど、誰にも、Uにも、店長の悪口はこぼさざかった。
日記にも書かなかった(何のための日記だw)。
で、嫌なことがあった日は不機嫌で帰って来て、Uつんに八つ当たりしてました。
あのときは本当にごめんなさい。意味もわからず八つ当たりして申し訳なかった。
それでも言わなかった。
だんだん店長を理解するようになってきて(時間が解決ってやつです)、すごい嫌な時期もあったのに、「あれ、なんかいい人じゃん」と思い始めた。
文句が多くなるのは、真面目だからなんです。
「私にだけちょっと厳しいんじゃない?」とか思ってたけど、それは当たり前。
私が一番下っ端なんだから。他のスタッフが優しいだけ。
そういう風にざっくり理解するように努めたら、すごい楽になった。
そして、あのとき誰にも愚痴を言わなくて良かった、と思った。
意味もわからず八つ当たりされてたUつんだけが被害者です(笑)。
ごめんね、Uつんも仕事してんのに。そういえば、Uつんもあんま愚痴言わないなぁ。
Uつんの仕事の話を聞いてると、日本の福祉はすごく問題だらけだなぁと感じます。
これもUつんと付き合ってから知った世界で、自分の変化のきっかけかもしれない。

2009年は本当に進むのが早かった。
仕事して、休みの日は東京行ってデンマーク語のレッスン受けたり、イーオンで英会話習ったり。
たまに連休を合わせて旅行したり。すごくみっちりしてた。
最初の方にがっつり変化がありすぎてそれ以降はゆるっとしてたかも。
あと、重大な事件があった。
じじいが倒れたこと。
Uつんとも仲良しのじじいが突然入院。原因もわからないまま「覚悟してください」状態が1ヶ月続いた。
正直、本当に辛かった。家族が当たり前にいることの幸せさを知った。
ちなみに今は歩けないけど、元気に家にいます。
この前Skypeしたし。私が留学中はUつんが時々じじいの相手をしに家に行ってます(って言ってもまだ数回)

…長くなりましたが、ここまでが留学するまでの私の「中身の」Biography

2 件のコメント:

  1. ゆっち!
    ゆっち!
    ゆっっっっっち!!

    読んじゃった、なんかゆっちって絵のウマいタマラママと思っていたが、
    色々あったんだね、なんかこういう話聞けてちょっと嬉しい

    ゆっちの黒歴史を知らないのはある意味幸せだけど、
    ひと回り大きくなれたようで(身長ではない)なんだかあたしも凄い幸せです。

    ちなみに今のあたし黒歴史

    Uつんにも感謝ですw

    勝手に嬉しくなっててごめんねwww

    TBC千春

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  2. >千春
    かなり自己満で書いたからコメントくれて嬉しいよ!
    こうやって自分を振り返る時間さえなかったからね、日本にいるときは。
    デンマークで「自分の」時間の使い方を学んでますよ。
    今はUつんもそばにいないし、寂しいけど、これは逆に自分を見つめるチャンスだと思ってね。
    黒歴史は後々すっぱいけど、なくてはならない時期だと思うね!
    4月から社会人がんばってね!
    くれぐれも自分を見失わないよーに〜

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